九月ウサギの手帖

うさぎ年、9月生まれのyukiminaによる日々のあれこれ

フランクルの言葉 自分のための覚書

前回の記事の最後の方で、下記の文章を記した。

(前回の記事↓)

kate-yuki.hatenablog.com

 

「少し前、NHKのこころの時代という番組で(NHKの番組ばかり頼りにしている:苦笑)、『夜と霧』の著者フランクルの「自己過剰観察」という言葉に出会って、はっとした。
「自己過剰観察」とは、過去のつらい出来事から現在のことも含め、自分自身のことで過剰に思い悩んだり、気持ちにとらわれ過ぎることの弊害を言う。
これからの人生後半は、この言葉を手がかりしてみたい」

なんて簡単に書いてしまったが、フランクルの提唱する思想はなかなかに難しいし、そう簡単に手がかりにしてみたい、なんていうものでもなさそうだ。

以下、番組を見たうえでの、というか番組を見ただけの、自分への覚書みたいなものです。

NHKの「こころの時代」では、今、シリーズ「ヴィクトール・フランクル」を放送中。

www.nhk.jp


フランクルは、ナチスホロコーストを生き延びた精神科医
私は昔、アンネ・フランクの日記から、当時のホローコーストに興味を持ち、『夜と霧』も十代の頃に読んだ。
今回の番組を見て、この年齢になって再び読み直したいと思った。
「こころの時代 」では、日本ロゴセラピスト協会の勝田芽生氏が出演。

ロゴセラピーというのは、ごく簡単に言いますと、「意味」(ギリシア語でロゴス)を軸にする心理治療(セラピー)法のことです。

ーー日本ロゴセラピスト協会HPよりーー

japan-logotherapy.com

ロゴセラピーとは、「状況自体は変えられないが、それに対して自分がどう関わるか」ということだそう。

私が番組中の勝田氏の解説でいちばん印象に残ったのは、フランクルの「過剰自己観察」という言葉。

 

過剰自己観察
フランクルは空虚感を抱く傾向にある人が過剰自己観察に陥っているのではないか、とみていました。
常に鏡の前に立って自分の姿を写したり、自分の気持ちや体調について必要以上に観察したり、暇さえあれば自分の過去の出来事や現在の悩みに思いを馳せているような状態。その結果、今を生きる意味から遠ざかってしまうのです。

自分にばかり眼差しが向いていると、心の問題を起こしやすい。

ああ、なるほど。
私も家庭環境が複雑だったことがあり、過去の出来事に引っ張られがちで、あえて振り返ることもよくしていたが、それが有効だったのかと問われると、むしろ逆だったと今は感じる。
この年齢になってだいぶ解放されてきたが、もっと早くこの言葉に出会えていればと思う。
過去のことを振り返ったり、分析することも大事だけれど。
フランクルは戦後、自由で豊かになったはずの社会で、多くの人が空虚感を抱えているのを見て考えたことらしいが、そこからまた数十年経ち、多くの人がSNSを使う、今の人々の方がさらに当てはまるような気がする。

フロイト精神分析の問題点
過去を見ることによって自分の厭なことだけに目がいく。

フランクルフロイト精神分析にも批判的だったようだ。
当時は過去のトラウマという概念もなかったから、フロイトがそれを見出し、治療につなげたのは偉大だと思うけれど。

実存主義
世界に向かって自分を差し出す

フランクル実存主義だったそうだが、私は勉強不足で、実存主義というものをどう捉えるべきかわかりません。
番組のなかでは、「世界に向かって自分を差し出す」と言われていた......正直、わかるようでわからない......。


『夜と霧』より(番組より書き起こし)
私たちが人生から何を期待できるか、というのが重要なのでは決してなく、むしろ人生が私たちからなにを期待しているかが重要だということなのです。
つまり、人生の意味を安易に問うのはもうやめて、自分自身が人生から常に問われているのだと自覚しよう、ということです。

『夜と霧』は、若い頃に読んでいたけれど、上記の文は忘れていたので、今、あらためて触れて心を動かされた。
これを機にフランクルの著書を読んで勉強してみようかと思ったのだけれど、このロゴセラピーに関する著書は難しい!
そもそも、『夜と霧』という著書も、原題は「あるひとりの心理学者の強制収容所体験」といったもので、精神科医の仕事の一環として書かれたので、文学者ではないのであった。
というわけで、無理に専門家向けの本を読まなくても、『夜と霧』を再読したり、NHKのこころの時代を見ていくだけでも自分にはためになりそうだ。

こころの時代、シリーズ「ヴィクトール・フランクル」はこれからも続きます。
興味のある方はぜひ。
放送予定はこちらから

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次の放映は「人生という砂時計」(7月21日5〜6時)、老いと死についてとのこと。
「人生という砂時計」という言葉が胸に刺さります。

 

天使の羽がたくさん浮かんでいるようだった、ある日の空