東京や仕事のことを思い出しながら、 「燕は戻ってこない」を見ている
最近の人気のインスタグラムやYouTubeを見ると、皆、短時間の動画を実に上手にコンパクトにまとめていて、時間がない人にもアピールするような構成にしている。
海外の女性で、下着姿から始まり服をコーディネートして、メイクしていく姿を動画で見せていくインスタもあって、その”若くない女性”がほんとにお洒落で、つい食い入るように見てしまった。
そう、こういうのがウケるんだろうなあと。
日本の女性だと、「老後、少ないお金でも豊かな生活」「節約生活術」といったテーマが多い。
書店の暮らし関連のコーナーに行くと、そんなシニア向けの本がわんさか並んでいて、ああ、出版社は今、書き手も読み手もこういう層を探しているんだなあと感じた。
ブログから書籍化されたものも多い。
高齢者が増えるばかりで(私も初期高齢者?)、出生数は減り続け、経済も下り坂、年金も心配な日本では、「少ないお金でも豊かな生活」がテーマになるのはもっともなことかもしれない。
私は、何をテーマにしたいのだろう?
一見雑多なモノが並んでいるようでいて、オーナーのこだわりが感じられる雑貨店が好きなので、自分のブログもそんな感じにしたいと思っている。
でも、テーマに一貫性がなく雑多で、文章も長めなブログなんて(FBでもインスタでもなく、今さらブログ!)、読む人少なそう😅
皆、パパッと情報を得たいだろうねえ......でも、流行りに合わせられる性分ではないので、好きにやります。
とりあえず、前置き的に、やはり労働の日々ことをかいつまんで書いておこうと思う。
18年ほど働いていた職場は、今年2月中旬に無事定年退職した。
私がいた職場では、大方の人が再雇用で1〜3年は働くけれど、長年、遠距離結婚だったこともあり、定年の節目でもういいかなと判断した。
移住するのもエネルギーがいるので、あまり年を取る前の方がいいかなと。
12年も遠距離結婚を続けたのは、遅くに結婚したため子どももいなかったし、人生前半が困窮していたので、年金や退職金を僅かでも増やしたかったので。
また、東京でない別の場所行ったら、私の年齢で正規雇用の仕事はないのはわかっていた。
この18年間は、主に編集の仕事をしていた。
私個人では出会えない、その職場にいなければ会えなかった人々に会うことができて、貴重な経験だった。
でも、所謂、出版社ではなかったので、それ以外の業務がさくさんあり疲弊気味だったので、定年まで頑張ったし、もういいかなと。
なーんて、今時、勤め人は誰も彼も大変だと思うので、細かいことは省きます。
一方で、編集業務の時間は好きだった。
数字やシステムに絡め取られ、モニターとキーボードだけの世界から、原稿やゲラという紙(物質)を手にして、赤いペンを持って赤入れしてると、本来の世界に戻って仕事しているという実感があった。
でも、得意な仕事だけしていられないのが組織に属するということ。
それでも、最後の日、自分用にまとめた、事務作業関連の作業マニュアルノートを捨てる時は、捨てるのが忍びないというか、妙な気持ちにかられた(もちろん捨てたけど)。
頭の芯がしびれるくらいの解放感に浸ったのは、やめてから数日くらいの間だけだったかな。
もうちょっと再雇用で雇用延長してもよかったのかなあ、などと思うも、それはやめたからこそ思うことであって......。
それ以降は引越しの準備と、行きたかった長野への小旅行(これはとてもよかった)、あと意外と人に会うことも多くて慌ただしくなり、感慨に耽る間はあまりなかった。
東京では、いろいろなことがあったなあ。
早くに親を亡くしたため、自分で稼がなくてはならず、仕事とお金の苦労が絶えなかった。
東京で実家の後ろ盾もなく、さしたる学歴も資本もない人間(特に女性)がよくぞ生き生き延びることができた、と今あらためて思う。
もちろん、ちょっとした偶然や、出会ってきた人たちの助けもあってのことだ。
18年という、それなりの年月勤務し続けたので、退職を決めた時は、職場内の人、取引先の人、仕事を通して様々な形で関わって友人のようになった人などなど、多くの人に寂しくなると言われ、困るとも言われ、それはそれで確かに事実だったと思うけれど、功績というか実績はその職場という形があったからで、代わりの人はいるし(いないと困る)、自分はひとりの個人になると何もない......というのは十分自覚していて、で、そのとおりになった。
また、移住したことで、親しい人との関わりもなくなってしまったので、生き延びることはできたけれど、これからどういう人生を歩んでいくべきか......などと考え、今はちょっと気が抜けた状態。
最近、ふと目にしたTwitter(現X)に、シングル女性で役職に就き、役職定年を迎えたという投稿があり、多くの人に読まれていて、コメントもたくさんあった。
少し前に役職定年になり、若い頃に決めたことのひとつ「どこまで昇進できるか試してみよう」が終わりました。
— カステラ (@castellabolo) 2024年5月1日
定年まであと5年働くので「定年まで当たり前の顔して当たり前に働こう」は「非婚非産単身で生きてみよう」とともに継続中です。
個人的に大きな出来事なので感想を書きます。
連投になっていて、最後の方にあった、達成感はあるけれど、空虚で快適ーーといった言葉は、私の気持ちを代弁してもらっているような気がした。
私は役職は背負わなかったし、単身でもないけれど、長年がっつり働いて感じてきたことに共感できる部分が多かった。
話は関連しつつ、ちょっと変わるが、先日、NHKのクローズアップ現代で、若い女性たちが地方から東京へどんどん流出しているという特集をやっていた。
「嫁」になることを求められ、男性を心地よくさせるために立ち働き(祭りの時の主役は男たちで、女たちはひたすらおもてなしする側に回るなど)、自立しようにも仕事はない......だから、東京へ出て行く。
私は地方出身ではないが、そりゃそうだろうと思う。
そして今、NHKで放映中のドラマ、桐野夏生原作の「燕は戻ってこない」。
まさに上記のクロ現みたいな状況に限界を感じ、北海道から東京へひとりで出てきた女性、リキが主人公。
結局、東京に出ても、派遣の医療事務の仕事しかなく、月収14万では生活が成り立たない。
そこで、人工授精を経て代理母になって高額なお金を手にすることになり(これは小説上の近未来的展開)、そこから妊娠、出産、家族、遺伝子など、様々な問題が絡み合う。
その展開もスリリングだが、そこに至るまでのリキの生活の困難さがリアルで、かつての自分を見ているようで、ひりひりしてくる。
実家もなく、派遣の収入だけでは、生存するのがやっと。
家賃の安い、快適とは言い難いアパートには危うい男性住人がいて、嫌がらせも受ける。
そんなことが降り積もって限界がきて、ここから抜け出したいという気持ちが、代理母という選択につながる(リキは、初めは卵子提供だけのつもりだった)。
地方を出て行かざるを得ない女性たち。
だけど、待ち受けているのは、リキのような生活であるかもしれない。
代理母を引き受けることで前金を貰ったリキが、カフェでちょっと贅沢なドリンクを頼んで、嬉しそうにセルフィーを撮るシーンが切なかった。
それまで、そんな「普通のこと」すらできなかったのだ。
私自身はかろうじて東京に生まれ育ったことで、仕事にありつけ、サバイバルすることができたのだと思う。
生活は長い間、苦しかったけれど、映画館や美術館などが身近にあった。
昭和から平成のはじめの頃までは、いろんなものが今よりもっと手軽な金額でアクセスしやすかった。
今にして思えば、格差が(あまり)ないって、ああいうことだったのかも。
池袋西武に歩いて行けるくらいの所に住んでいたので、当時のリブロブックセンターをぐるぐる回ったり、同じ池袋にあった文芸坐で2本立て500円のゴダールやヴィスコンティ特集を観たり、小津の映画もここでたくさん観ることができた。
そうした、ちょっとした蓄積が編集という仕事にはある程度役立ったはず。
経済的な資本はなかったが、文化的な資本を東京という街から受け取ることができたのだ。
それから、バブル前からまさにバブル期へと突入していく時期に社会に出たので、個人としては豊かでなくても、その時代の恩恵は確実にあったと思う。
私は当時の「一般事務女子」から始めて、販売員もやったし、そこから書いたり編集したりという多少専門的な仕事に移行するのは、結構、意識的にやってきた。
生きてきた時代が違うので簡単には言えないが、やはり、地方で煮詰まっている女性がいたら、東京に出ることもひとつの方法だと思う。
できれば、自分の中でキャリアが積み重なって、長く続けられる仕事に就けるといい。使い潰されない仕事......まあ、それを見つけるのが大変なのだけれど。
私も派遣の突然の雇い止めやブラック企業、パワハラにも何度も遭遇した。
その都度、潰される前に後先考えず逃げ出してしまったのが、サバイバルするためには幸いしたのかもしれない。
まとまりのない文章になってしまったが......地方から流出する若い女性たちを思いつつも、今の自分はもう、立場も生活も違う。
なんとか東京で生き延びて、若くなくなってそこを出て、ちょっと気が抜けてしまった自分はどうしていくべきか? 何をすべきか?のフェーズに入っている。
人に披露できるような素敵な暮らしもしていないし、節約生活術の蘊蓄もない。
また働く? でも組織に属するのはもう無理っぽい(と、定年まで必死に働いて疲弊してしまったので贅沢を言わせてもらう)。
少し前、NHKのこころの時代という番組で(NHKの番組ばかり頼りにしている:苦笑)、『夜と霧』の著者フランクルの「自己過剰観察」という言葉に出会って、はっとした。
「自己過剰観察」とは、過去のつらい出来事から現在のことも含め、自分自身のことで過剰に思い悩んだり、気持ちにとらわれ過ぎることの弊害を言う。
これからの人生後半は、この言葉を手がかりしてみたい。
というわけで、次回に続く(かも)。
ここ最近で、いちばんきれいだった5月下旬の夕焼け。
